2018年11月21日(水)
黄金律と鉛の法則
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法則01:「人は自分がされたくないことを他人にする」
黄金律と鉛の法則


 人間関係でトラブルや葛藤を抱えていると、私たちはそのことで多くのエネルギーを使うことになります。

 なかなか生産的な仕事や創造的な活動に取り組めなくなってしまいます。また、心から人生を楽しむゆとりもなくなってしまうでしょう。人間関係がうまくいくだけで、あなたの人生は大きく変わるはず。

 ところが、多くの人が職場の人間関係や近隣の人との関係、家族や友人との関係で、何らかの葛藤を抱えています。人が二人寄るところには、必ず互いのパーソナリティ(=性格)のぶつかり合いがあり、そのぶつかり合いが引き起こすさまざまな問題があります。

 そのもっとも大きな問題点は、対人関係でストレスが生じると、私たちは誰でも「自分が人からされたくないことを人にしてしまう」傾向があるということです。

 たとえば、人から尊敬されたい、自分は人より優れた人間でありたいという欲求の強い人は、自分が思うほどに人から尊敬されもせず、評価されていないと感じると、自分のほうから他人を見下し、相手を能力のない人間と見なしたり、価値のない人間と見なして軽んじるのです。

 まさに、自分がいちばんされたくないことを、人に対してやっているわけです。

 もっとも、本人はこういった心の傾きが周囲の人との摩擦を起こす原因になっているということには、いっこうに気づいていないものです。

 これは「人にしてもらいたいと思うことは何でも、あなたがたも人にしなさい」(マタイによる福音書7章12節)という黄金律とは、まったく逆のことを意味しています。

 黄金律とはイエス・キリストが弟子たちに語ったとされる言葉で、「あなたの隣人を(自分のように)愛しなさい」(マタイによる福音書22章39節)というキリスト教の根幹をなす隣人愛に基づく神の碇とされているものです。

 このような教えは、キリスト教だけではなく、ユダヤ教やイスラム教、また仏教など東洋的な宗教の基盤をなすような思想のなかにも、共通に見出されるものだといわれています。

 つまり、古代の賢人たちは洋の東西を問わず、人が幸福になるためには、「自分がしてほしいことを人にもせよ」と教えているわけです。

 ところが、実際には私たちはなかなか、そういった教えを実践することができません。日常の人間関係ではむしろ、その逆のことをしてしまっていることが多いのです。

 アメリカのエニアグラム研究家ドン・リチャード・リソとラス・ハドソンは、私たちの心の中にある、キリスト教の黄金律(Golden Rule)とはちょうど逆のこういったネガティブな心の傾きを、「鉛の法則(Leaden Rule)」と名づけています。

 リソ&ハドソンは、鉛の法則は私 たちのパーソナリティ(=性格)構造が引き起こすものであり、いったん鉛の法則が生じると、人は自分が求めていたものを自ら手放し、そしてもっとも恐れていた事態を引き起こすことになると述べています。(参考:The Wisdom of the Enneagram )

 鉛の法則を理解していれば、私たちは自分自身のネガティブな心の傾きをチェックし、対人関係で気づかずに引き起こしていた摩擦を避けることができるようになります。

 また、相手の内面の状態を推し量り、ストレスを感じている相手との間で、自分と相手のどちらに問題があるのかを見分けることができるようになるでしょう。相手に問題がある場合、それをいちいち真に受けなくてすむようになります。

【鉛の法則】具体例とその悪用法

○人をばかにする人は、じつは自分が人からばかにされたくないという気持ちの強い人です。

 悪魔の法則⇒それゆえ、よく人をバカにしたようなことを言う人がいたら、逆にその人をバカにしたような言動をとると、その人は大いに傷つくでしょう。しかし、これはその人からの恨みを買い、報復を受ける可能性があります。

○人の欠点をあげつらい批判ばかりする人は、じつは自分がいちばん人から批判されることを恐れている人です。

 悪魔の法則⇒それゆえ、他人に対して批判的な人には、その人のすることについて批判的な見方をし、仮にその人がうまくやれていることがあっても、細部の欠点や小さな町外について、指摘するとよいでしょう。これはその人にフラストレーションを与えます。しかし、あなたはその人から恨みを買う可能性が大いにあります。

○人を仲間はずれにする人は、じつは自分が仲間はずれになることをいちばん恐れています。

 悪魔の法則⇒その人に仲間はずれにされる前に、あなたがその人を排除するとよいでしょう。みなでランチに行くとき、飲み会やコンパに行くとき、その人は誘わないようにするとよいでしょう。すると、その人はとても不安になり、みなから排除されていると感じるでしょう。あなたをとても恐ろしく感じるでしょう。ただし、その人は恐怖によってあなたに立ち向かってくるかもしれません。裏で画策し、あなたを悪者にして排除しようとするかもしれません。

○他人を俗物と見なす人は、じつは自分が平凡な人間だと見なされることを恐れています。

 悪魔の法則⇒その人の凡庸さを指摘してあげるとよいでしょう。普通、月並み、みなと同じと強調してあげるとよいでしょう。その人は大いに傷つきますが、あなたを何もわかっていない人とみなすでしょう。

○「あなたは私がいなければ何もできないでしょう」「私がしてあげなければ」と言う人は、じつはその人自身が人から必要とされたがっている人なのです。

 悪魔の法則⇒これは過保護な母親などにときどき見られます。あなたが子供なら、こういう親から自立するのはノープロブレムです。むしろ、自立した方がいいでしょう。過保護な親はそこで『空の巣症候群』になるかもしれませんが、それはあなたの問題ではなく親自身が乗り越えなければならない人生のテーマです。これらは悪魔の法則とは言い切れませんね。

 あなたが世話になっている人やボランティアで何かを手伝ってくれる人がこういうふうなタイプなら、「自分でできますから」とか「ほかの人に頼みました」というあなたの態度によって、その人は大いに傷つくことになります。あなたはその人の高慢さを打ち砕くことができるかもしれません。

 いずれの場合も、より懸命な対処の仕方は、ここにあげたような例が、あなたの問題ではなく相手の問題だということです。悪魔の法則に従えば、相手との関係がより面倒になる可能性があります。そこで、あなたにできることは、相手の態度を「真に受けない」ということです。

 それにたいして、同じレベルで反撃しないのが賢明なやり方といえるでしょう。真に受ければ、あなたは無駄なエネルギーを使うことになります。




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