2019年5月30日(木)
自分のことは ほめた者勝ち
img01
本人が言うことは信じられやすい。

 私たちは自分で思っているよりもはるかに人に騙されやすいもののようです。ふだん、人の言うことをそのまま受け取り、鵜呑みにしていることが多いものです。

 とりわけ、相手が自分のことについて話している場合には…。
 
 私たちはふつう、「人は自分のことについては嘘をついたりはしないものだ」という前提で、相手の話を聞いているからです。少なくとも、最初から相手が言っていることを疑ってかかったりはしないでしょう。

 たとえば、「私は学生時代は優等生だったんです」と言われれば、「そうか、この人は勉強がよくできたんだ」と思うでしょう。「前の会社ではかなり営業成績を上げてました。社長からも評価されてましたし」などと言われれば、「仕事のできる人なんだ」と思うでしょう。

 たとえば、あまり風采の上がらない人から、「異性にけっこうモテるんです」と言われれば、「この人のどこに魅力があるのだろう?」「でも、本人がモテるというのだから、何か異性を引き付ける魅力があるのかな」などと思ってしまうでしょう。

 本人がそう言っているのだから、そうなのだろうと思うわけです。わざわざその真偽を確かめようとしたり、本人の言っていることの裏づけを取ろうなどとは思わないものです。

 以前、あるボランティア系の団体に、周りの人のプライバシーに立ち入って、言わなくてもいいようなことを言い、人を傷つける女性がいました。Aさんの前では、「Bさんがあなたのことをこんなふうに言っている」、Bさんの前では「Aさんがあなたのことをこう言っている」という具合いで、周囲の人間関係をかき乱すようなこともしていました。しかし、本人はまったくそのことの自覚がありません。むしろ、自分ではその団体においてなくてはならない人物のように振舞っていました。

 周りの人たちはもちろん、その女性本人に問題があることはわかっていたのです。そして、ある人は他の人たちに、その女性のことを「「あれでよく、大作家の○○先生の秘書なんか務まったわね」と言っていました。その人は「本人が以前、そう言っていたから」と。本人が言ったことをそのまま、信じてしまっていたのですね。それが本当かどうかなどとは疑うことなく。

 その女性の言っていたことは、一部は本当のことなのかもしれません。けれども、大作家の秘書の仕事を滞りなく務められるような人物でないことは、彼女のふだんの言動から容易に察せられることではあったのです。
 
 そんなふうに、私たちは本人が言うことは、つい、信じてしまうものなのです。なぜなら、「本人が言っていた」からです。

 

 
 ということは、私たちは人に対して、自分のことはよく言っておいたほうがいい!ということになります。

 自分の能力や実力をアッピールし、自慢になりそうな経歴や人間関係は隠さずに話せばよいのです。ひけらかす必要はないけれど、黙っている必要もありません。

 ところが、あえて自分はたいした者ではないように言ったり、わざわざ自分で自分をけなす人がいます。また、
本当はできることでも、謙遜のつもりで「いや、自信がないです」とか「自分はぜんぜんダメなんで」などと言う人もいます。たとえ、本心ではそう思っていなかったとしても。

 しかし、それを聞いた人には、本人が言ったその言葉しか伝わらないでしょう。多少は謙遜が混じっているのだろうと思ってもらえることはあるかもしれませんが、それ以上の評価にはならないでしょう。

 言わなくても、周囲の人は自分の本当の実力を分かってくれるだろうと思うのは、むなしい期待です。周囲の人はあなたが自分のことについて語っている、そのことを信じてしまうでしょう。本人が言っていないことは、言っていないのだから伝わりません。

 たとえ、謙遜や羞恥心のためでも、自分についてネガティブなことは言わない方がいいのです。

 人は自分を誉められる人のことを誉めるものです。自分を高く評価している人を自信があるとみなし、自信があるのはそれだけの実力を持っているからなのだろうと思うのです。

 自慢話は鼻につくものですが、自分についてはポジティブに評価したほうが、人に与える印象もよくなります。

 自分のことは誉めた者勝ち!なのです。

 本人が何も表現していないのに、向こうから誰かがやってきて、「この人にはこんなすばらしいところがある」なんて“発見”してはくれません。自分をけなしたり、謙遜な態度で引き下がるより、積極的に自分のいいところをアッピールできる人のほうが、成功への道が開けていると言えるでしょう。

 自分の長所や強みをアッピールしましょう。

愚かな選択→自分で自分をけなしたり、謙遜のつもりで自信なさそうに振舞う。

賢い選択→適切な自己評価ができ、自分の長所や能力・実績について、ことさら盛ることもなく、肯定的に語れる。

応用編:たんなる見栄やハッタリと、自分の長所や強みをアピールするということの違いは、見栄やハッタリは自分を実際以上に膨らませ、中身や実力が伴っていないのに対して、後者は中身と実力を伴っているということです。

 ですから、まずは自分のどこが長所であり強みであるのかを自覚し、自分に何ができるのか、なにが自分の“売り”なのかを言葉で表現できるようにしておきたいものです。

 たとえば、外国人講師の前で、自分のことを話す機会の多い語学学校に通うことなどは、肯定的な自分を表現するための訓練に役立つでしょう。

最新の記事